少年とダチュラ
常夜に切れ込む隙間から垣間見る繰り返す日
常の不気味さを他所に、林道を下れば薄暗い
杉の木立から降りしきる蝉時雨は、さっきま
でのそれとはうって変わり涼やかな風も吹き
なんという調和だろう。先ほどの少年が30
メートルくらい先にいる。私もそこまで駆け
降りて隣に並ぶと、飴色したそのヌケガラを
食べてごらんと言うので、ポンッと1つだけ
口の中へ放り込んだ。味はよく分からないが
塩付けて食べると美味いよと早口に言うので
私はフーンと納得して何か言おうとする矢先、
少年は「じゃあ」と言って風のように行って
しまった。私はトンネルの出口みたいな木立
の向こうの陽だまりへ彼を見送り、山道をゆ
っくりと登りながら森を横目に家路についた。
その家は素朴で小さいながらも都会の手狭な
住まいより、はるかに広く大黒柱と太い梁を
備えており降り積む雪の季節にも十分堪える
造りになっていた。土間から座敷をつなぐ廊
下には階段があり、2階へ上がると昔は蚕部
屋として使っていた広間があった。父は桑の
葉雨を聞いて育ったという。階下には間口の
傍、深い穴に板を渡しただけの粗末だが広い
便所がある。天井から太いロープがぶら下が
っており何某かを語りだすので、私は仕方な
く外へ出て裏に回り用を足した。暮れ泥む青
い世界に装いも白く大胆なダチュラが咲いて
いる、その匂い立つ色気で天蛾どもを誘き寄
せ、私は踊り狂っていた。