Sad-Eyed-Lady’s blog

かき鳴らす げんのしらべに もの思う ひとのよのたび 夢げんほうよう

草笛ー4

少年とダチュラ

 

常夜に切れ込む隙間から垣間見る繰り返す日

常の不気味さを他所に、林道を下れば薄暗い

杉の木立から降りしきる蝉時雨は、さっきま

でのそれとはうって変わり涼やかな風も吹き

なんという調和だろう。先ほどの少年が30

メートルくらい先にいる。私もそこまで駆け

降りて隣に並ぶと、飴色したそのヌケガラを

食べてごらんと言うので、ポンッと1つだけ

口の中へ放り込んだ。味はよく分からないが

塩付けて食べると美味いよと早口に言うので

私はフーンと納得して何か言おうとする矢先、

少年は「じゃあ」と言って風のように行って

しまった。私はトンネルの出口みたいな木立

の向こうの陽だまりへ彼を見送り、山道をゆ

っくりと登りながら森を横目に家路についた。

 

その家は素朴で小さいながらも都会の手狭な

住まいより、はるかに広く大黒柱と太い梁を

備えており降り積む雪の季節にも十分堪える

造りになっていた。土間から座敷をつなぐ廊

下には階段があり、2階へ上がると昔は蚕部

屋として使っていた広間があった。父は桑の

葉雨を聞いて育ったという。階下には間口の

傍、深い穴に板を渡しただけの粗末だが広い

便所がある。天井から太いロープがぶら下が

っており何某かを語りだすので、私は仕方な

く外へ出て裏に回り用を足した。暮れ泥む青

い世界に装いも白く大胆なダチュラが咲いて

いる、その匂い立つ色気で天蛾どもを誘き寄

せ、私は踊り狂っていた。

 

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草笛ー3

学校と祠

 

池に面した山道を緩やかに少し登れば、家の

すぐ裏手に父が通った小中合わせた古い学校

があり広い運動場がひらけている。誰かがひ

とり昇降口の段差に腰掛けている。それぞれ

高さの違う鉄棒が三欄隅に置かれているが、

随分と背の高い向日葵がそれを見守っている

だけだ。校庭を挟んだその反対側には囲いも

なく無造作に長方形で刳り抜かれコンクリで

固められたような水色のプールがあり、それ

となくアオミドロや虫の死骸など浮いてはい

たが素足を入れ思いきりバタ足をすれば、お

一人様に私はご満悦だった。

 

木造校舎に向かって右側は小高い森になって

おり、斜面には大きな木の根が絡み合いなが

ら剥き出し、今にも見せしめんとばかりに縛

り上げようと待ち構えている。青いキャップ

の少年が上から手招きしている。知らない子

だが私は好奇心でその根の間を掻い潜り登っ

てゆき、足下の熊笹を払いながら奥まった場

所へ彼を追い入って行った。するとそこには

少年の姿はなく小さな祠があるだけだった。

辱められることを拒むその扉は、暗黙に了解

されてはいても、なおのこと審らかにしたい

秘密を確然と抱えている。私は扉を開けるべ

きか暫く考えながら足下の蟻の行列を見てい

た。小さな肉片をぶら下げた翅のようなもの

を忙しく運んでいる。頭の上からは狂瀾とし

た鳴き声が私を責め苛み、耳を塞ぎしゃがみ

込む。すると縁の下には夥しい数の蟻地獄が

びっしりと巣食っているのが見えた。

 

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草笛ー2

溜池と窓

 

山間にあるその古い家の前には溜池があり、

その脇を山道に続く小路が延びている。赤い

花がその入口を彩り咲いて、池の周りをぐる

りと茅が茂り、所々草花も漫ろ顔を覗かせて

いる。傍には小さな畑もあり、大輪の立葵

数本まばらに佇んでいる。熊蜂がしきりにそ

の妖艶な花弁の裾から潜り込もうと息巻いて

いる。池には鮒や泥鰌でもいるのだろうか、

小藪で糸蜻蛉が赤やら青やら黄色やらをチラ

リチラリと覗かせているのだが、私はそれよ

りもっと、アレに夢中だった。

光の筋のようなものが宙を劈いてゆく、それ

は碧い螺鈿細工の輝きを放ちながら傾いては

旋回して鼻先を掠め飛んでゆく。その碧さは

欲望を駆り立て幼さと言うよりは、むしろ若

さというエロティシズム、なんという迸る美

しさだろう銀蜻蜓おまえが私を喰らうのか?

おや、二階の窓から誰か見ている、あれは…

つと、手を振ってみる。すると何か聞こえて

くる、潜もるように鳴っている。

 

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草笛ー1

序章

 

目を閉じるとそこは………

 

小学三年生の夏休み、それは私にとって家族

との楽しい最後だった。父の生まれ育った新

潟の山に帰省する、関越道が開通する以前の

長距離ドライブ。夢の中へと紛れ込む亜空間

は、妙な既視感に背中を押されるようにして

繰り広げられていった。

 

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