溜池と窓
山間にあるその古い家の前には溜池があり、
その脇を山道に続く小路が延びている。赤い
花がその入口を彩り咲いて、池の周りをぐる
りと茅が茂り、所々草花も漫ろ顔を覗かせて
いる。傍には小さな畑もあり、大輪の立葵が
数本まばらに佇んでいる。熊蜂がしきりにそ
の妖艶な花弁の裾から潜り込もうと息巻いて
いる。池には鮒や泥鰌でもいるのだろうか、
小藪で糸蜻蛉が赤やら青やら黄色やらをチラ
リチラリと覗かせているのだが、私はそれよ
りもっと、アレに夢中だった。
光の筋のようなものが宙を劈いてゆく、それ
は碧い螺鈿細工の輝きを放ちながら傾いては
旋回して鼻先を掠め飛んでゆく。その碧さは
欲望を駆り立て幼さと言うよりは、むしろ若
さというエロティシズム、なんという迸る美
しさだろう銀蜻蜓おまえが私を喰らうのか?
おや、二階の窓から誰か見ている、あれは…
つと、手を振ってみる。すると何か聞こえて
くる、潜もるように鳴っている。